11.イーピー

【イーピー】

「一緒に来てくれないか。君の言う”救い”を、誰もが無限に持っている世界に」
 リセルシアの放ったその言葉が、一体どういう意味を持つのかは僕にはわからない。
 ただ、カリシカは目を見開き、驚いているようだった。
 その一部始終を、僕はただ黙って見ていた。
「さて、それじゃあ帰ろうか、バンビ」
 穴だらけの地面越しに、リセルシアがこちらを見て笑う。

 カリシカの家が僕の旅の終着点であるのなら、ここから先は、つまりエピローグだ。

 それはもう、本当に呆気無く。
 どうやら大人しくなったらしいカリシカとリセルシアは、集落の外れにある屋敷の地下に隠された部屋を見つけ出した。
「やっぱりここらにあると思ったんだ」
 地下室の奥に隠されたその小さな部屋には、この世界にはあまりにも不似合いな計器やコンピュータが所狭しと並べられていた。
 更に奥にも部屋があるらしく、入ってきたドアの向かい側にも同じようなドアが設置してある。
「……これ、何ですか?」
「話すと長い。要するに、この世界の管理機能そのもの」
 コンソールを操作しながら、リセルシアはあっさりとそう答えた。
 あまりに簡潔すぎて逆に何を言っているのかわからない。
 疑問は尽きないが、ことあるごとに自分の口下手を強調していたリセルシアにそれ以上の説明を求めるのも気が引けた。
 諦めてカリシカの方を見やれば、彼女もまた、僕と同じく物珍しそうにキョロキョロと周囲の機械類を見回している。
 どうやらこちらは当てになりそうもない。
「さて、どうするかな。……そうだ、バンビ」
 リセルシアの声に、僕は慌てて視線を戻した。
 機械の操作が終わったのか、彼女は奥のドアの前に立っている。
「先にここから出た後の話をしておくけど、君にはこの後、魔法技術管理局からの面倒で執拗な事情聴取と、厄介で煩わしい監視つきの生活が待ってると思う」
「え? あ、はい……」
「頑張って。それだけ」
「……わかりました」
 思わずため息を吐く。
 よくはわからないけれど、これは恐らく、それなりに大きな事件だったのかもしれない。
「それじゃ、後はこっち」
 リセルシアは、肩越しに奥のドアを指さした。
「私とカリシカは後から行くから」
「はあ……」
 そう言われては先導するしかない。
 いまいち状況が掴めないまま、僕はそのドアを押し開けた。

「……はあ!?」
 何が起きたのかわからなかった。
 僕が握っているドアノブは、紛れもなく自宅の玄関ドアのそれで、目の前に見える景色は、いつものマンションの廊下だ。
 慌てて振り返るが、そこにはあの雑多な機械の山も、リセルシアとカリシカの姿もなく、何の変哲もない自室のキッチンがあるだけだった。
 あの世界に入り込んだ時の真逆だ。
「少しは説明しろよ……!」
 どこにいるでもないリセルシアに文句の一つでもつけたいところだが、それも叶いそうにない。
 そういえば、今はいつだろうか。
 正確な日数は覚えていないが、それでも十日以上はあの世界にいたはずだ。
 下手したら行方不明者として捜索願いを出されていても不思議じゃない。
 いつもの癖でズボンのポケットから携帯を取り出そうとして、僕は気づいた。
「そうだ、カリシカに貸したんだっけ」
 結局、携帯もヘッドフォンも返してもらうのをすっかり忘れていた。
 ヘッドフォンの方はどうしようもなさそうだが、携帯の方はどうにかしたいところだ。
 家の中に引き返し、壁にかけられた時計を見る。
 八時十二分。外の様子を見る限り朝だろう。
「やべ、遅刻だ」
 とりあえず考えることはいくらでもあるが、確かリセルシアは事情聴取があると言っていた。
 だったらいっそ、その時に色々と聞いてしまった方が良さそうだ。
「どうせ考えてもわかんないしな」
 僕は苦笑する。
 結局のところ、僕は何一つ知らないままだった。
 あの世界のことも、カリシカのことも、リセルシアのことも。何も。
 どうせ遅刻は確定してるんだ。妙な生活で汚れた制服を着替えて、もういっそシャワーも浴びていこう。

 午前8時12分:
 僕は、見慣れた世界に帰ってきた。