gun&umbrella

世の中やなことばっかで、みんなよくこんな中で幸せに生きてるなって思います。或いは、殊更不幸や不安を表に出さないだけで、同じなのかもしれませんけど。
僕はと言えば、もう随分と以前から、不安で不安でたまりません。
何が怖いのかと聞かれれば、きっと何も怖いことなどないのです。けれど、ただ漠然と、生きていくことが不安なのです。生きるのは恐ろしいことです。ただ死ぬよりも余程。

一部の過激な人達は、多分、そういう漠然とした不安に対して、ただ戦うことしかできない人なのかなって最近は思います。
原発とか、放射能とか、著作権とか、青少年ナントカ条例とか、ダウンロード違法化とか、就職難とか。
敵を作ると安心しますよね。
だって、戦えるから。
きっと僕らの心はそんなに強くはできていなくて、何だかよくわからない、ただぼんやりとした不安を抱えるには、脆すぎるんです。だから敵を探して、声高に、過激に、戦うことでそいつを誤魔化し誤魔化しやっていくしかないんです。
本当は薄々わかってるんじゃないでしょうか。
デモを起こそうが、集会を開こうが、世の中は良くならないし、その薄ぼんやりとした不安は拭えないんじゃないかって。
だからこそ、ただ無我夢中に、過激に、全力で、攻撃し続けるしかない。

こんな時代、誰も望んでなかったはずです。特に、若い世代の僕らは。
でも仕方ないじゃないですか。
世の中を作ってく人間は僕らからすれば老人と呼んで差し支えない世代の人々で、彼らは彼らなりに、彼らにとって良い時代にしたくって、それは当たり前のことで、そのために若い僕らが割を食うとしても、僕らにそれを変える力なんて無くって、そうしてただ不安だけが募っていくんです。明日に対して、未来に対して。
世界はもう駄目だと、物心ついた時から何千回と聞かされ続けてきた僕らは、もう世の中に対して期待なんて抱けないんです。
明るい未来なんて無いんです。だって、今まで一度だって「未来は明るい」だなんて言われたことがないんです。
どうしようもない幸せの残りカスみたいなものしか見たことないんです。
刹那的な幸せを数珠みたいに繋いで生きていけるわけがないなら、僕らの日常は大部分がそういう灰色の不安の上にあって、時々見つけるキレイなものと、それに対する感動を、ゆっくりゆっくり咀嚼して、まるで延命剤のように、まるで対処療法のように、やがて味がなくなるとわかっていても、そいつを繰り返すばかりで。クリックひとつでインスタントな感動はいくらでも手に入るから、だから黙ってモニターを眺めることしかできなくて。

とにかく、不安なんです。
だって、僕らは何一つ持っていないんです。
地位も名誉も金も何もないんです。これからそいつを手に入れることができるような、明るい未来も。
仮にそいつが手に入るとしても、まるでイス取りゲームのように選ばれた僅かな人間しかそれを手に入れることが出来ないなら、僕らがあぶれることはわかりきっているんです。
でも仕方ないんです。
世の中はそういう風にできていて、みんながみんな敗者なら、それはもう仕方のない事で、諦めるしかないんです。
けど、諦められないじゃないですか。幸せとか、欲しいじゃないですか。生きてるからには。

だったらもう、革命を起こすしかないじゃないですか。
今ある世の中全部に、その価値観に、喧嘩をふっかけて、否定するしかないじゃないですか。
悪者なんていなくても。悪者なんていないから。
世の中全部に、抱え続けている不安に、敵って名前をつけて、喧嘩を売るしかないじゃないですか。

革命を、革命を、革命を
叫んだ僕らに
欲しい明日も夢も何もなかったが
自由も、不満も、ありふれた僕らは
こんな今を認めるには若いんだ

・・・みたいな本を作ってます。
コミティア101、間に合うかなあ。

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