自壊する歯車

つまり僕は、自壊することが最初からわかっている、そういう歯車だったのです。

Twitter上の「@halcana」をご存知の方はご理解頂けると思いますが、僕は少し頭がおかしい人でした。
気に入らないことは気に入らないと言い、好き勝手に人を貶し、毒を吐き、小馬鹿にし、それはとても自分勝手で、独善的で、有り体に言って、良くないことです。

「他人にされたくないことは、自分もしてはいけない」と、そう教えられてきました。
誰だって、他人に貶されたくはありません。当たり前のことです。
とあるアニメで、「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」と、誰かが言いました。
それでは、撃たれる覚悟のある人間は、好き放題に他人を撃ち殺していいのでしょうか。
貶される覚悟があるなら、誰かを貶したりしてもいいんでしょうか。
自問するまでもなく、答えはわかっています。
誰もが人を撃てるわけがないんです。他人の目も、社会的な地位も、立場も、人それぞれに色々なしがらみがあり、色々な性格があり、そして大多数は、例えインターネット上であっても見境なく他人を撃つことなんてできないし、しないんです。それが普通です。

仲の良し悪しも、面識の有無も関係なく、僕は悪意の矛先を選びませんでした。
ごく近しい人にも、無礼に振舞ってきました。
そういうスタイルは、多かれ少なかれ、周囲にはウケました。
フォロワーは増えましたし、favもRTもたくさんされました。
僕以外にも、そういう人はたくさんいました。
けれど、それぞれの環境は違います。
容赦なく撃ち返すことのできる人々の中では、それは一つのコミュニケーションとして成り立ちます。
そうではない人々の中で、自分一人が誰彼構わず撃ちまくるスタンスをとったところで、それは単なる異常者でしかありません。

ただ僕は、人に対して悪意を向けようと思ったことはそれ程ありません。
完全にない、とは言い切れませんが。
人ではなく、人の考えや発言に対して悪意を向けてきました。
だからこそ、僕は悪意の矛先になる相手を選びませんでした。
何故なら、その悪意は人に向いてはいないからです。
本当に人が嫌いならフォローを外せばいいだけです。Twitterはそれが許される場所です。

けれど、それはただの言い訳です。
本当に大事なのは、相手がどう解釈するか、ただそれだけです。
その点において、僕は最低でした。
十分に自覚はしています。だからこうして文章にしています。
それがわかっていて、どうして止めることができなかったのか、それは、実は僕にもわかりません。
きっと、僕の中には「インターネット上の人格」として、そういうキャラクターが確立されてしまったのだと思います。
それこそ、Twitterを始めるよりもずっと前に。

Twitterを始めたのは、3,4年前でした。
それより前の主なコミュニケーションの場は、悪名高い匿名掲示板群であったり、ネットゲームの中でした。
そこには、噛み付けば噛み付き返してくる、あるいは、上手く受け流す、そうした強い人々がたくさんいました。
彼らとのコミュニケーションの経験が全ての原因というわけではありません。
そもそも現実においても、僕は空気の読めない人一倍無神経な人間ですし、友達もいません。
当然といえば当然です。
問題は、それをそのままTwitterという場に持ち込んだことにあります。

繰り返しますが、僕は僕自身のそうした下劣なコミュニケーションが、Twitter上(特に僕の周囲において)では受け入れられないことは自覚していました。
罪悪感を抱くことも多くありましたし、後悔だって何度もしました。
それだけが原因ではありませんが、一度はアカウントも削除しています。
サブアカウントを作ってみたこともあります。
ですが、今までの僕を見ての通り、それは何一つ僕の人格に影響を与えませんでした。
僕は今もってなお見境なく悪意を放出しまくり、自分勝手で、気まぐれで、独善的で、最低なキャラクターです。
それは恐らく、今後も変わらないでしょう。

ならば今まで通りの自分でいようと開き直ることはとても簡単です。
少なくとも、今まではずっとそうしてきました。
その度に後悔し、自制しては失敗し、開き直り続けてきました。
ですが、いい加減それも限界です。
なので、ひとつのけじめとして、この文章を書いておきます。

自壊する歯車は、破片を撒き散らしながらも、ただ消えてなくなるまで回り続けるだけの仕組みなのでした。

なんてね。
この記事はちょうど一月前、5月の半ばに書きました。
自分で言うのも何ですが、まあひどい内容だと思います。
だから、一ヶ月後も同じことをやっていたら公開しようと決めました。
結果は見ての通りです。なので、こっから下は今(2012/06/18)書いてます。

ちょっともーだめだなー(人として)って具合です。
いっそもう全部消しちゃえば逃げ場なくなるし、それでいっかなーとか思ったんですけど、ついったーってアカウント消してもしばらくは復活できるらしいじゃん。
したら俺絶対戻ってくるじゃん。基本豆腐メンタルだし。孤独とか耐えられないタイプだし。死ぬし。
こんなもん刹那的な衝動で、単に心の調子がよろしくないだけだから、そのうち何食わぬ顔で「ちんこちんこー」とか言ってついったーに戻って、まーた1,2年の周期でこういう時期が来てふらっと消えて、みたいなループ。
も、その辺わかり切ってるからどうすっかなーってのが今現在の話。
あと連携サービスね。一月先ぐらいまでオフ行くって予定立てちゃってるし、meityとかtweetviteとか、あの辺どうなるかわかんないんだよね。
あと同人活動。ついったー関連の人脈なかったら売れねーし。死ぬし。
なまじ現実が絡む分慎重にならざるを得なくて、ってことはいつまで経ってもずーるずーるとやってくしかないわけで。
あーかったりーなー人類滅びねーかなー。

やっぱねー、ネット上の人格と現実の自分を結びつけちゃった時点で自壊するしかないのはもうわかりきってたはずなんだよね。
だって絶対無理あんじゃん。クズじゃん、ネット上の俺。どう考えても恨みしか買わねーし。
それはそれで、そういうの好きな人いるのは知ってるし、そういうの抜きにしても「はるかなさん」好きな人がいるのは知ってんだけど、なんつーか、TLの向こう側に生身の人間がいんだなーってつい最近まで実感なかったのかもしんないね。
オフ会やら何やら行ってもさ、俺人のこと覚えらんないし、ID○○です、とか言われても「はーそっすかー」ってな具合で3秒後には忘れてるし、やっぱどっかでネットと現実を切り離してたとこあるんだよ。きっとね。
けど、いくら俺がそんなんでも、やっぱ違うんだよ。TLの中にいるホニャララさんは現実に存在してて、同じようにTL見てるわけで、だったら彼あるいは彼女とネット上のキャラクターを切り離すなんて無理なんだ。
だって現実にいるんだもん。現実にいて、もしかしたらどっかで顔合わせた誰かなのかもしれないんだよ。
でさでさ、それって俺も同じなわけよ。もうそうなっちゃったんだよ。そしたらもう下手なこと言えねーじゃん。
いくら俺が、現実の俺がだよ、「俺ははるかなさんじゃねーです」って言ったところで、そんなん通じないんだよ。
感覚として自分がどれだけ現実とネットを切り分けてたって、ネット上のはるかなさんは現実に存在する俺なんだよ。
現実の俺はさ、はるかなさん程イカレてねーからさ、嫌われたくないじゃん。嫌じゃん、人に嫌われるの。怖いし痛いし最悪だよね。
基本メンヘラ気質だしさ、人にどう思われてるのかとかちょー気になるじゃん。でも俺=はるかなさんなんだよね。
嫌われるしかないじゃん。嫌われるっていうか、ウザいじゃん。めんどくさいし。
はるかなさんがはるかなさんであって俺じゃなかった時期ってのも多分あったんだと思うよ。
むしろ最初はそうだったはずなんだよ。何をどうトチ狂ったのかオフ会なんか行っちゃったもんだから狂っただけの話でさ。
だからまー何ていうか、そういう意識のパラダイムシフト的なアレがこう、あって、あーこれもー無理くさくねー?って感じで、あーどうしたもんかなーってウダウダやってんだけど、まぁどっちにも転べねーよなーって具合で。だって俺メンタル豆腐だしさ。基本、豆腐メンタルにハリネズミの針ついてるだけのハルキゲニア的なあれだしさ。
気にしなくていいんじゃねーのとか言われてもね、も、そういう次元の話じゃないし。気にせず気にせずやってきた結果がこれだからね。
あーどーしよっかなーって。
ここ最近そればっか考えてる。
別に辛くも何ともないんだけどね。あーどーしよっかなーって。

そんな感じで、まぁそういうことなんで、まぁアレだ。みんな大好き☆テヘペロー☆

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