10年後の8月へようこそ

「あの花」がなければ思い出してもいなかったと思うが、ZONEが「Secret base」で歌ってた10年後の8月が来たらしい。
たまたまTwitterで10年前のことを振り返っていた人がいたので、自分も少しだけ振り返ってみた。

10年前。2001年。14歳。中学3年生。受験生。

夏休みは毎日朝5時に起きて塾へ行っていた。
塾から近所の神社までランニングして、境内で筋トレ、また塾に戻り、テスト用紙を受け取る。
すぐに帰宅して朝食をとり、朝受け取ったテストの問題を解いて、朝10時にまた塾へ。
塾へ到着してすぐにその日のテストの答え合わせと復習。それから夏期講習が始まる。
午前中は講義を受け、昼食を挟んで午後からは自習。夕方6時まで問題集を解く。
帰宅して夕食を取り、宿題をこなし、軽く本を読んで就寝。
およそ代わり映えしないサイクルで夏休みを過ごしていたはずだ。
初めてMDウォークマンを買ってもらったのもその頃だった。
午後の自習時間は毎日音楽を聞きながら問題を説いていたのをよく覚えている。
ポルノグラフィティのアゲハ蝶、ELTのfragile、BUMP OF CHICKENの天体観測。ZONEは嫌いだった。
創作らしいことはほとんどやっていなかったと思う。
まずPCを扱う知識がなかった。
手元にある一番古い作品は2003年に書いた創作小説だ。
音楽もやっていなかったし、ゲームをしていた記憶もない。
何をしていたのかというと、多分何もしていなかった。
趣味もない、友達もいない、好きな人はいないが嫌いな奴は多い。とにかく鬱屈していた。
中学の部活は野球部だった。夏の前の大会は予選の一回戦で負けていたし、そもそも一度も試合に出たことはない。
特別頭が良かったわけでもない。
成績は中の上。決して悪くはなかったが、上を見れば自分以上の天才や秀才はゴロゴロいた。
自分の身の程は嫌というほど自覚していたが、少なくともその頃はまだ抗おうと思っていたはずだ。
そうして努力した分だけ、いつも何かに叩き潰されていた。全ては僕がいけないらしかった。
自分の限界なんてたかが知れてる。そうやって諦めることが次第に増えていった。
周りの連中を幼稚だと見下していた。そいつが単なる中二病の勘違いだったと気づくのに何年もかかった。
同級生の名前など2,3人しか覚えていない。地元に帰っても会いたい友達なんて一人もいない。
それはどうやら不幸なことであるらしいと最近知った。

多分、当時の俺が今の俺を見ても、特別な感慨は何も抱かないと思う。
「ああ、やっぱその程度だろ、お前なんか」
そう言われて終わりだろう。今の僕は何も言い返せない。
お前がもっと頑張っていればこうはならなかったなんて、言えるわけがない。
10年後の僕は、相変わらず趣味もなく、友達もおらず、好きな人はいないが嫌いな奴は多く、とにかく鬱屈している。
過去も未来も驚くほどに地続きだ。
10年後の8月へようこそ。
お前は未だ何にもなれていないよ。

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