「あなたを思いながら」

昨日のブログの続きというかなんというか。
幸運なことに、先の記事が当事者の目に触れたようで、結果、ついったーで話をすることができました。
いやあ、書いてみるもんだね、ブログ。

まず結論、僕が「よくわからない」と書いた「あなたのためを思って」という行動原理、それについては、やはりよくわからない。でもそれでいい。
02さんとの話の中で、僕は「その行動原理が理解できない」ということを理解したし、そう納得した。
そいつは、ヒナタさん風に言うなれば「私事に属する」ことで、だったらもう、それはそういうものなんだろう。

だからこの話はこれでおしまいだ。

で、だ。
その後TMさんからも記事の感想を頂きまして、個人的にはそっちの方が面白かったので、そっちの話の中でわーっと書いた僕のスタンスについて書いておきます。僕と彼とは、この手の話においてはおおよそ同じ感覚を持っていて、だからある意味、話は後にも先にも進まなかったのだけれど。

「あなたのためを思って」という善意を与えられる側の話。

「あなたのためを思って」という善意、それ自体はエゴであっても良いと思う。
僕は善意は嫌いだけれど、その存在を否定してしまえば、きっと世の中は回らない。
僕だって否応なくそういう善意に支えられて生きているのだろうし、同じように他人にエゴを押しつけながら生きているはずだ。
ただ、「あなたのためを思う」のなら、本人の言う「自分はこうしたい」という声も尊重しなくちゃ駄目なんだろうと思う。
例えばそれが常識的に、法的に、倫理的に、してはならないことであれば、それはもちろん常識的に止めなければいけないだろうし、もちろんこれは教育や躾とは全く別問題で、そういう常識や法や倫理や責任、そういったものを弁えている大人の話だ。
「自分はこう在りたい」という意思を「それはあなたのためにはならない」なんて言葉で否定するのは、一番やってはいけないことのはずで、それを言われてしまえば、僕たちは生きてはいけない。
だって、僕の理想と他人の理想とは違うのだし、僕の正しさと他人の正しさも違う。
だから、僕のためになることを決めるのは、僕でいいんだと思う。
僕は僕で、君は君だ。

もしも僕が、誰かの「あなたのためを思って」という善意を無視したとして、その結果、僕が失敗し、結果的に潰れてしまっても、そいつは僕の間違いで、僕の傷だ。つまり、僕の責任だ。
そういうリスクを背負う覚悟くらいはあるし、だからまだ立っていられる。
誰かの善意を無視するというのは多分そういうことなのだろうし。逆説、僕が誰かの善意によって生き方を変えたとして、結果的に僕が失敗したら、その誰かは責任を背負えるのかというと、決してそんなことはないんだろうと思う。
だって、僕は僕で、君は君だ。

全然関係ない切り口だけれど、僕はガンダムSEED DESTINYの主人公、シン・アスカが好きだ。キャラクターとして、主人公として、扱いは…まぁ、置いといて。
本編では不遇もいいところだったけれど、ゲームなんかのクロスオーバー物だと、シンの見せ場は本当にかっこよかったりする。
ガンダム無双2ってゲームの中で、アスラン・ザラやキラ・ヤマトとの戦闘中の会話に、こんなのがある。

アスラン「過去に囚われたまま戦うのはやめろ!そんなことをしても、何も戻りはしない!」
シン「そんなのはただの言葉じゃないか……誰がそんなことを決めたんだ! 失っている過去を守るのは間違いで、今ある現実を守ることだけが正義なのかよ! それを決めていいのはあんたじゃない!オレなんじゃないのか!俺は決めたんだ!過去を放ってはおかない!決着を着けるんだ!」

シン「あんたが一番わけわかんないんだ! ふらっと現れて…戦いをはじめて!」
キラ「違う!それは!」
シン「違うと思ってるのはあんただけなんだよ!……でも、あんたの言い分はそれなんだ。あんたは大切なものを守るために戦う。それでいいんだ……でも、だからって、俺も戦わないわけにはいかないんだ!」

いやあ、かっこいいなあ、ホント。HDリマスター、楽しみだなあ。
まぁ、そんな感じで。

「あなたを思いながら」

そのタイトルに意味は無いです。

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。