ラブソングが聴けない

普段、僕はよく音楽を聞く。
ジャンルは色々あるけれど、大体はロックだ。邦楽ロック。
中でもスピッツが好きだ。
そういうことを人に言うと、「あー、確かにスピッツ好きそうな顔だわw」みたいなことをよく言われる。
意味がわからない。
オタクっぽいということだろうか。多分そうだろう。

そういうことなら仕方がないのでアニソンも聞く。ゲームソングも聞くし、同人音楽も嗜む。もちろんボカロ曲も大好きだし、東方アレンジだって好きだ。
でもメインは邦楽ロックだ。そういうことにしておきたい。
ここ数年はアマチュアバンドのCDばかり買っているので、最近のメジャーなロック事情はよく知らないけれど。

音楽の聴き方にも色々あると思う。
曲が好きな人、特定の楽器が好きな人、好きなバンドや歌手なら何でもいい人、歌詞を読むのが好きな人。本当に色々だ。
僕は歌詞を読むのが好きだ。逆説、読むことができる歌詞が好きだ。
だから洋楽には食指が動かない。アメリカ語とか何語だよ。知らんよ。読めんよ。
あと、ヒップホップとかラップとかもよくわからない。
余談だけれど、僕のアパートの隣人はラップが大好きなようで、毎晩爆音で謎のラップを垂れ流しては歌いまくっている。至極うるさいので勘弁してほしい。

それはともかく、ラブソングだ。
僕は「ポップスなんて大体はアイラブユーをだらだら引き伸ばしているだけじゃないの?」なんてひねた見方をしているけれど(実際はその限りではないことは理解しているけれど)、僕はこの、ラブソングというものがどうも苦手だ。
特に女声ボーカルのラブソングなんて聞こうものなら恥ずかしくて背筋がゾクゾクする。
「会いたくて会いたくて震える」なんて歌詞を聞いてる僕も震えてる。
これが例えば「君のおっぱいは世界一!」ぐらい飛躍した愛情表現であればむしろ楽しんで聴けるのだけれど、なんのひねりもなく「アイラブユー」だのなんだの歌われようものならもう!という感じだ。
不思議と男声ボーカルの曲にはこの手の嫌悪反応は現れない。
あと、多分キーワードは「切ない」とかその辺だと思う。

しかし食わず嫌いは良くないよな、と思い、とりあえず先に例に挙げた西野カナの歌詞を読んでみた。
彼女は確か作詞もやってるはずだし、歌手としても僕が名前を知っている程度にはメジャーだから、サンプルとしては多分ちょうどいい。

西野カナの歌詞一覧(歌ネット)

更にちょうどよく、歌詞を掲載している「歌ネット」には人気順のソート機能なんてものもあったので、西野カナ楽曲で一番人気がある(らしい)「Always」という曲の歌詞をだらだら読んでみた。

なんかこう、胃のちょい下あたりがムカムカしてたまらない。
恥ずかしいというか、こう、なんか、あの、あれ、だめだ、ぼくには、むりだ。
よくよく思い出してみれば、昔浜崎あゆみが猛威(?)を振るっていた頃から僕はこういうラブソングが駄目だった。
「広い世界の中で巡り会えたんだね」とか言われても、その、困る……。

このむず痒さはなんだろう?と近いところを探っていると、「ああ、これはプリキュアを見てる時の気持ちと同じだ」ということにふと気付いた。
もちろん日曜朝のアレだ。ピカピカぴかりんだ。今はもう新シリーズ始まってるんだっけ?しらんけど。
プリキュアの内容自体は、むしろ好みだと思っている。
女の子たちが変身して(やたら肉弾戦中心で)悪と戦うなんて素晴らしいじゃないか。
事実、僕は今期アニメの「ビビッドレッドオペレーション」はとても楽しく見ているし、似たような路線であれば、魔法少女モノだって大好きだ。なのはさんとか、まどかさんとか。

にも関わらず、僕はプリキュアをマトモに直視できない。
恥ずかしいのである。
プリキュアの内容が、ではなく、「日曜の朝っぱらから女児向けアニメを見ている二十代半ばのオッサン」であるところの僕自身が恥ずかしいのである。
羞恥心で背筋がゾクゾクするし、誰が見ているわけでもないのに「これはねーよなぁ…」なんて独り言も出る。
新しいシリーズのプリキュアが始まる度に、女の子がかわいいからという理由で一応は見ているのだけれど、多分連続視聴の最長記録はスマイルプリキュアだと思う。
ついったーの実況TLを追うことで恥ずかしさを中和しながら見ていたのだけれど、それでも8話が限界だった。
恥ずかしすぎる。死にたい。

そうだ、恥ずかしいのだ。
真顔で「アイラブユー」を歌い上げるラブソングが。恥ずかしくて仕方ないのだ。
スピッツは「君は太陽」というドストレートなタイトルの中で、それでもその感情を「溢れ出しそうなよくわかんない気持ち」と表現した。
そんな感じがいいのだ。だって恥ずかしいじゃないか。
「これからもずっと二人の時を重ねていこう」ではなく、「君を不幸に出来るのは宇宙でただ一人だけ」がいいのだ。
「一人でもきっと歩いていけるから」ではなく、「最低の君を忘れない」がいいのだ。

これはきっと、他人の中二病妄想ノートを読むような気持ちにも似ている。
魔王と戦う勇者でありたい中二病少年はそこに痛々しい英雄譚を書き連ねるのだろうし、トゥルーラヴを追い求める恋愛戦士でありたい中二病少女はそこに痛々しいラブストーリーを描くのだろう。
何かキラキラした理想の愛を歌い上げるラブソングは、中二的ウザさと痛々しさをもってして僕をモヨモヨさせる。
その恥ずかしさを払拭するには、高二的現実感とひねた感性をもってして「恋なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム」とか何とかいう歌を聞き続けるしかないんだと思う。

なんてことはない、つまりは単純に、僕は愛だの恋だのを真顔で語れない思春期のガキと同列なのだった。

死のう。

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