「好きなこと」を仕事にして後悔していた半端者の話

彼は、やや中二病をこじらせてはいるものの、集団生活に支障をきたさないという点においてはそれなりに現実も見えていて、言うなれば身の程を弁えている、どこにでもいる高校生でした。
その高校生君は、その中二病の集大成とも言える創作設定、小説、妄想というものをコツコツと溜め込んではいたものの、自分の技術では(例えばライトノベルとしてですら)売り出すことなど出来るはずも無いと理解していました。
単に勇気が無かっただけであり、踏ん切りがつかなかっただけでもあります。
作品を世に出すことを躊躇する程度には、彼は自分の趣味が世間一般的に恥ずかしいものだと認識していました。
まだオタクが今ほど市民権を得ていない頃のお話です。

そんな折、彼はインターネット上であれば名前も顔も性別も年齢も何もかも隠して作品を発表できるということに気づきます。
事実、当時からネット上には創作小説のWEBring(今はもう死語ですかね)であったり、検索エンジンがあり、彼と同じようなアマチュアの小説家が思い思いに作品を掲載していました。
そうして、彼は見よう見まねでWEBサイトの制作を始めました。

最初はジオシティーズの、今で言うブログサービスのようなCMSを使って組まれたサイトでした。
次に、infoseekで無料のサーバーを借り、HTMLの手打ちを覚えます。
最終的に広告の入らない有料サーバーに移行するのはもう少し先の話です。

彼は次第にWEBサイトを作るということにのめり込んでいきました。
元来、一人で何かを作りこむということは彼の肌に合っていましたし、自分で作ったWEBサイトで自分で書いた小説が読まれるということが純粋に嬉しかったのです。
その内、彼はWEB制作それ自体が楽しいと思うようになっていきました。
当時の彼はCSSなど欠片も知らないド素人でしたし、もちろんデザインの何たるかも、アクセシビリティだのユーザビリティだの、そんな小難しい理屈も何一つ知りません。
それでも、彼にとってWEB制作が最も楽しかった時期というのは、おそらくこの頃だったのでしょう。

やがて、彼はWEB系の専門学校に進学しました。
そこで彼はグラフィックに出会い、WEBデザインに出会い、WEB標準に出会い、Adobeに出会い、macromediaに出会い、いよいよ持って技術的な意味でのWEB制作を知ります。
その頃には、彼はWEBサイトを作ることがとにかく好きで仕方なく、また、高校時代の積み重ねもあって、非常に優秀な成績を納めていました。
この頃のそいつは、ぶっちゃけ学校をナメていました。
当時の彼のモチベーションは、もちろんWEB制作に対する何の理由もない熱意が大半を占めるのですが、いくつかの変化も起きます。
専門学校という環境の中では、彼よりデザインが上手く、技術があり、センスのいい生徒が、当たり前のように在学していました。
そうした他人の作品や技術を目の当たりにして、彼の中に競争心が芽生えます。
他人よりいいものを作りたい、他人よりすごいものを作りたい、そうした思いも加わり、彼は不真面目で優秀な生徒になりました。
結果から言えば、自分の実力を認めさせることができないまま彼は勝ち逃げされます。
彼にとってWEB制作への熱意が最も強かったのは、この時期でしょう。

当時の彼は、WEBというメディア自体を、ある種冷ややかな目で見てもいました。
彼はWEBサイトを作るという技術を習得してはいたものの、技術を磨けば磨くほど、WEBサイトそのものへの魅力を感じられなくなりました。
彼にとってのWEBサイトとは、作品を発表する手段であり場所でした。
つまりそれは、創作小説をより良く見せるためのメディアでしかなく、作り手としてはそれ以外の価値を感じていなかったからです。
彼にとってのWEB制作の原点は、創作というただ一点に集約されているのです。
そして、専門学校という環境で習得したWEB制作のスキルをつぎ込むには、彼の創作は拙過ぎたのでした。
手段が目的を追い抜いてしまったのです。
そうして、彼は創作小説を書くことを辞めました。

彼がWEBサイトを作る理由の半分が消え失せ、残ったのはただ「他人より良い物を作りたい」という動機だけになりました。
もちろん、見せたいものが無いのにWEBサイト等作れるはずもなく、その時になって彼はイラストを描き始めます。
そして、イラストを中心としたWEBサイトへとシフトしました。
しかし所詮は後付けの目的に過ぎません。
その頃の彼の核は、ただ「他人より良い物を作りたい」という動機でしかありませんでした。

彼は学校を卒業し、とある制作会社に就職します。
地元を離れ一人暮らしを始めた彼の周囲には、競い合う仲間は誰一人としていませんでしたし、作ったものを評価してくれる先生もいませんでした。
一人で何不自由なく生きていける程度には、収入は安定していました。
仕事であるからにはクライアントの求めるクオリティをクリアするのが至上命題ですが、どんなに良い物を作っても、どんなに手を抜いても、毎月支払われる給料はそうそう変わることはありません。
自分の作ったものでクライアントが満足し、代価を得るという体験は、彼にとっては非常に感動的なものではありましたが、当たり前ですが、繰り返せば慣れるものです。

やがて、彼は趣味で作り続けていたサイトを閉鎖しました。
単にやる気がなくなったからです。
見せたいものも無く、競争する相手もおらず、他人からの評価にも慣れた彼は、いよいよもって熱意というものを喪失したのです。
彼にとって、WEBサイトを作るという行為は、ただの作業に成り下がりました。
その頃の彼は、同じ給料がもらえるなら、仕事なんてただの事務員だろうがコンビニ店員だろうが、何でも構わないと本気で思っていました。
(※別に事務員やコンビニ店員が仕事としてアレってわけじゃないですよ)
彼はWEBサイトを作れるからそれを仕事にしているだけであって、WEBサイトを作りたい等とは微塵も思えなくなりました。

その数年後、彼がいくらかの出会いを経て何かをどうにかするのは、また別の話です。

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